見上げた先の大きな背中。 握り締めた手のひらには、海みたいに透き通った青のクリスタル。 涙の形をしたそれは、セラの願い。 それを見るたびに胸が張り裂けそうになるのはどうしてだろう。 スノウがそのクリスタルを持っているのは当たり前なのに。 ずっと、そのためにここまで戦ってきたのに。 わかりきっていることなのに、胸がちくちくと痛む。 「俺は…セラも、みんなも守る」 何度も聞いたその台詞。 スノウの全ての願いはそのクリスタルにある。 だったら、今ここにいる自分はどうなるのだろう。 「僕は…?」 「え…」 「僕は、みんなの中にいるの?」 急に不安になって思わず問いかけた。 するとスノウはクリスタルを握り締めたまま振り返る。 何も握っていない手で、いつもみたいにわしゃわしゃと髪を撫でた。 父さんとは違う。 母さんに似た、手のひらの感触。 「そんなこと当り前じゃねぇか」 でもやっぱり不安なんだ。 笑顔の裏に隠れたスノウの哀しみが伝わってくる。 クリスタルの冷たい青が、まるで無理に元気を振舞うスノウに似ていた。 だから余計に怖くなって。 「――僕は、僕だよ」 そう言った時、スノウはただ困ったように笑っていたっけ。 本当はその腕で抱きしめてほしかったなんて言えないけれど。 ねぇ、僕はスノウの何なの? 仲間の一人。 まだ幼い子供。 助けられなかった人の息子。 ずっと一緒に戦って来たけれど、スノウの無駄足になっていないかな。 そんな事ばかり考えるようになったんだ。 僕だけが磁石みたいに吸いつかれてしまって、 いつの間にか離れられなくなってしまった。 夜になるとひとりになる。 ひとりは不安で怖くてたまらないから好きじゃない。 それにスノウの事ばかり頭がよぎる。 でも、夜風の冷たさに浸りたくて、 焚き火の傍を離れて星空を見上げた。 そんな時、ふらりと必ずやってくる大きな影。 「どうしたんだ、ホープ」 最近元気ねぇじゃねぇか、と軽く言いながら隣に座った。 「別になんでもない」 そう口で言い放つものの、 こうして心配してくれることが嬉しくてたまらなかった。 どうしてこんなに優しくしてくれるんだろう。 スノウには、セラという大切な人がいるのに。 覗き込んでくるスノウを避けるようにして顔を俯けた。 ぎゅっと膝を抱える。 構ってほしいのに構ってほしくない。 こんなこと思うなんてやっぱりまだ子供なのかもしれない。 すると、不意にふわりと温かいものが身体を包んだ。 「風邪引くぞ」 顔を上げると目の前にスノウがいた。 身体がすっぽり、スノウのコートに包まれていた。 もともと体格のいいスノウに合わせたコートは簡単にとりこんでしまう。 直に感じる体温にとくりとくりと心臓が鳴るのがわかる。 でも、その優しさがどんどん追い詰めていくことをスノウは知らない。 「僕を子供扱いしないで」 「ホープ?」 「…いつだってそうだ。 守る、守るって。大事なものは仲間だって」 こうして包んでくれる優しさも、 その明るい声で呼んでくれる名前も、 全て、僕の為だと勘違いしそうになってしまう。 だから怖いんだ。 「でも、スノウはセラさんのことしか考えてないんだろ?」 そうあってほしかった――否、それが事実だった。 「スノウは…ずっとセラさんだけ見ていればいいんだ!」 でも、矛盾する心の存在に気付いてしまったんだ。 だから色んなことから逃げたくて、スノウの温かいコートを振り払った。 「おいっ!」 立ち上がって走り去る。 夜の暖かい炎が遠くなるように、今度こそひとりになりたくて。 「僕は、ただ…」 ――スノウに惹かれてしまっただけ。 それだけなのに、こんなにも苦しいだなんて思わなかった。 「全部全部僕が悪いんだ」 視界が涙で滲む。 涙が止まらなかった。 逃げ出せば、どうにかなると思った。 でも、やっぱり逃げられなかった。 後ろから聞こえてくる足音がやけに大きくて、胸が高鳴る。 「ホープ」 名前を呼んだと思ったら、そこで足音が止まった。 ひんやりとした夜風が髪を撫でる。 「セラさんに敵おうとしているわけじゃない。 でも、胸が苦しくて…スノウが遠くに行ってしまうことが怖くて…」 「ホープ。お前はお前だよ」 声と足音が近くなったのを知って、振り返ろうとしたけれど、 それより先にスノウが後ろからぎゅっと身体を抱きしめた。 丁度、耳のあたりに胸が当たる。 心臓の音が聞こえてくる。 これは誰の音だろう。 「セラも好きだ。みんなも好きだ。お前も好きだ」 「…嘘だ」 「嘘じゃない」 涙が頬を伝った。 いい加減なことを言うなって振りほどきたかった。 でも、そうしたら今度こそスノウが追いかけてこないんじゃないかって不安になって、 抱きしめられたままの腕を振りほどくことができなかった。 「そうやってスノウはいつだって僕を…」 「僕を…?」 スノウはいつにない真剣な声色で問いかける。 「続き、言えよ」 言葉を促してまんまと乗せられる。 でも、言葉にすれば心がスッと楽になっていくよう気がした。 「…僕を、惑わすんだ。 スノウは僕の心をぐちゃぐちゃにかき回して…」 「それで?」 「僕をめちゃめちゃに壊して… 壊していくだけ壊して、いつもひとりで勝手に前に歩いていくんだ」 頬を伝う涙をスノウが優しく拭ってくれる。 頭で考えることなんかしないで、言葉がどんどん溢れてきた。 「僕は、スノウに追いつけない。 必死に走っても、スノウは僕を置いていくんだ。 僕は――」 一瞬息を呑む。 握り拳を作ると、声が震えていることが分かった。 それでも後ろから包み込むように感じる温かさが、 まるで背中を押してくれるような存在に変わっていた。 「――あなたに、触れたいと思うのに…」 か細い声が風に消えた。 その瞬間に小さな握り拳が優しい手のひらに包まれて、ホープの顔が自然と引き寄せられる。 声を上げる間もなく、ホープの想いはスノウの唇に重ねられた。 初めての、ことだ。 だからやけに熱くて、自分の身体じゃないような気がして、足が軽く震え出す。 啄ばむ様な軽い口づけを繰り返すと、スノウの瞳が間近に映った。 「ぁ……」 ひどく、哀しそうだった。 だから思わずスノウの服の裾を握り締めると、 スノウは何も言わずもう一度優しい口づけを落とした。 僅かに角度を変えて繰り返し唇が重なる。 少しかさついたスノウの唇。 聞こえてくる心臓の音と、甘い吐息。 夢を、見ているんだろうか。 息が苦しくなって、ホープはそっと唇を離す。 虚ろな瞳のままスノウを見上げると、くすりと口角を上げて微笑んだ。 「これで俺の気持ちがわかったか」 思わず、首を縦に振ってしまいそうだった。 あまりにも簡単にスノウの気持ちがわかってしまったから。 でも、この夢が終わってしまうのが怖くなって矛盾した言葉が紡がれる。 「…わからない」 繰り返しそう呟くとスノウは目を細めて耳元で囁いた。 「んじゃ、わかるまでやめねぇから」 その言葉が終わるのと同時に、またスノウの唇が優しく降りてくる。 握り拳のままだった手のひらは、いつの間にか大きな指と絡んでいた。 涙が乾いていたことなんてどうでもよかった。 僕はこのままでいいんだって。 僕の想いはちゃんとスノウが受け止めてくれるんだって。 その時ひどく安心したことを、僕は今でも覚えているんだ。 ――――――――――――――――――― ふたりのファーストキスの理想(笑) ホープ側ばかりなので、スノウ側からの心境も書いてみたいです。 お互いに、いつから好きになっていたかわからなくて、 いつの間にか惹かれあっていたってのがいいなぁ。 そのうちもう一歩進んだ彼らも書きたいです(え) TOPへ 戻る