5.甘えていると気づかせたい ――――――――――――――――――――― 小高い崖の上から見渡す景色は壮大だ。 遠く空に浮かぶコクーン。 不思議な事にグラン=パルスでは、コクーンの存在自体が異質のようにさえ感じられる。 ついこの前まで、自分があそこに住んでいた。 ――今でも人が住み続け、生き続けているというのに。 まるでこの世界から隔離されてしまった異様な物体として、今は目の前にある。 心がきゅうと締め付けられる様な気がして、視線を下へ向けた。 どこまでも広がる大地が見える。 と、同時にその意外な高さに足が震え、思わず喉が鳴ってしまった。 だがそんな高さをものともせず、彼――スノウは崖の先端に立って世界を見渡していた。 堂々とした背中。 表情は見えなかったけれど、その大きな背中は寂しそうな気配を漂わせていた。 どんな言葉をかけたらいいだろうか。 僕にできることは何かないだろうか。 スノウの笑顔を思って頭の中で考えてみると、鼓動が高鳴るのがわかる。 彼の笑顔を思い出しただけで自分まで嬉しくなるのは何故だろうと自問自答してみても、 答えはそう簡単に出てこなかった。 否、ただ単純な答えに気付かなかっただけなのかもしれないけれど。 背を向けたままのスノウが、このままどこか遠くに行ってしまいそうな気がして、 思わず手を伸ばして彼の腕を引いた。 自分のひょろひょろとした腕とは比べ物にならないくらいの、 がっちりとしたスノウの二の腕。 視線だけ振り返った彼に存在を確かめられる。 「ん? どうした」 声が耳に届いて、視線を向けられるだけなのに。 心臓が飛び出しそうなくらいドキドキしてしまう。 頬が熱くなって戸惑う顔を見られたくなくて、 衝動的にその背に抱きついてみた。 がっちりした身体――腰に回した手でぎゅっと抱きしめる。 大きな背中に顔を埋めたのは、恥ずかしい顔を見られたくないから。 けれどその裏側にはこの鼓動を感じてほしい願いが込められている。 「おいおい、ホープ」 いきなり抱きつかれたのはさすがにビックリしたようで、 スノウは苦笑しながら腰に回した手を引き剥がした。 「どうしたんだよ」 大きな背中は振り返ってその場に屈み込む。 この時だけは、僕がスノウを見下ろす瞬間。 でも傍からすれば親が子供をなだめている光景にしか見えないだろう。 少し不安げになるスノウの表情がずきりと心に刺さる。 そんなに僕の顔おかしい?困ってる? そんな事を問いかけたくなったけれど、スノウがますます困ってしまいそうだからやめておいた。 彼の困った顔や哀しい顔が見たいんじゃない。 ただ、笑顔が見たいだけなんだ。 だから自分からくすくすと笑ってスノウの頭を撫でる。 「ちょっとおどかしてみた」 その言葉を聞くなりスノウはすくっと立ち上がって、 笑いながら髪をわしゃわしゃと撫でた。 「こいつ〜、悪戯もほどほどにしろよ〜」 いつもみたいに見下ろされて髪を無茶苦茶にされた揚句、 頬まで緩くつままれてしまう。 それ故ごめんと言おうとしてもあやふやな声しか出てこない。 でもスノウが楽しそうに笑っているだけで嬉しくて、 口元を緩めながらつままれた頬をさすった。 「心配して損したな」 そんな事を笑って言い飛ばすもんだから、 今度は正面から胸に飛び込んでみる。 「ホープ?」 背中とは違う、受け止めてくれるような温かさが伝わってくる。 耳を寄せるととくりとくりと音が聞こえて来た。 「スノウ、ドキドキしてる」 「そりゃドキドキするさ」 きょとんとした表情でスノウは見つめてくる。 大方、生きているんだから心臓がドキドキするのは当たり前だろってとこなんだろうけれど。 それもスノウらしいけれど、でもそんな返事が欲しいんじゃない。 「ドキドキするのは、僕だから?」 「…そっちかよ」 「そっち」 自分と同じように、誰かの事を考えてドキドキしてくれているのかな。 声を聞いただけで、触れただけでどうしようもないくらい高鳴るのかな。 その答えが欲しかった。 「ドキドキしねぇ、ってことはねぇけど…」 頬をぽりぽりと掻きながらスノウは苦笑した。 あまり追い打ちをかけたくはなかったけれど、 もう少しだけ心の内を聞いてみたかった。 「ホントに?」 「んー、まぁ嘘じゃねぇわな」 お世辞でもいい。 その答えがスノウの口から聞けただけでよかったんだ。 ドキドキしている鼓動はひとりじゃない。 共鳴しているものなんだってことが無性に嬉しくて、 もう一度その胸に顔を埋めた。 「スノウ…ありがとう」 一人でかかえきれないほどの大きな身体をぎゅっと抱きしめると、 スノウはくすりと微笑んでから、僕の背中を優しく抱いてくれた。 ―――――――――――――――――――――――――― 甘えているホープって何となくこんな感じだと思う。 ちょっとデレすぎかなぁと思いつつも楽しかったのでよしとする。 スノウがしゃがんでホープが見下ろすって構図が好きです。 TOPへ 戻る