皿に山ほど盛られた、真っ赤に色づいた実。 今にも崩れてしまいそうなその山は、キラキラと輝く宝石のようだ。 このままずっと見つめていたいと思う反面、その美しさに触れてしまいたくなる。 しかし、いつまでもこうしているわけにもいかないと小さな決意を固め、 ホープは傍に立ててあるチューブの蓋をひねった。 歯磨き粉のように、軽く押しただけで中身が飛び出してくる。 慌てて山の頂上にチューブの口を移動させ、そこからとろりとした白い液体をかけた。 「わぁ〜、すごい♪」 深紅の宝石に雪化粧が施されるように次々と液体がかかってゆく。 そんな様子をヴァニラは瞳を輝かせながら見つめていた。 「美味しそうですね」 ホープも同じように嬉しそうな笑顔で呟く。 こんな山ほどのイチゴが目の前にあるなんて夢ではないのだろうか。 そんなことを考えながら、あっという間に頂上の辺り一面を白くしてしまうと、 ヴァニラが怪訝な表情で問いかけた。 「そういえば…この白いのって何?」 「コンデンスミルクですよ」 きゅっと、最後まで蓋を閉めてテーブルの上に転がす。 指先についてしまったミルクは勿体ないからちろりと舐めた。 「コンデンスミルク…?」 「甘くてとっても美味しいミルクなんです」 ふわりと口に広がる甘みについ頬が緩む。 当り前のようにミルクを口にする一方、 ヴァニラはイチゴにミルクをかけるのが不思議で仕方がないようだった。 そのせいか、大盛りのイチゴが真白に染まったのを目の前にして、 ホープとは違う意味で落ち着かないようだ。 「クリームとは違うの?」 「う〜ん、クリームとは違うと思いますけど…何て言ったらいいんだろう。 グラン=パルスにはコンデンスミルクがなかったんですか?」 「うん、初めて見るよ。 でもいい匂いがするから、美味しいものってことはわかるんだ」 ちょっと舐めただけであんなに嬉しそうな顔をするんだもん。 と、ヴァニラがくすくす笑いながら言うと、ホープの頬がイチゴのように赤く染まった。 「ホープはコンデンスミルク好きなの?」 「はい。昔からイチゴにかけて食べるのが好きで。 3時のおやつでよく母さんと一緒に――」 頂上から垂れ続けていたコンデンスミルクがゆっくりと伝ってようやく皿に辿りつく。 小さいころから3時のおやつは楽しみで、その中でも特にイチゴは大好きだった。 一緒に笑いながら、甘い甘いおやつを食べているあの人の笑顔が蘇る。 もう二度と――あの温かい時間を一緒に過ごす事は出来ないけれど。 微かに俯きながら消え入りそうな声が零れ、ヴァニラはハッとした。 「ホ、ホープ、せっかくだし食べていいかな」 「あ、はい。どうぞ」 「ありがとう」 遠い記憶に想いを馳せているのを引き戻され、 苦笑しながらホープは銀色のフォークを渡した。 せっかく美味しそうなイチゴがあるのだから、今は喜んで食べよう。 大きな山にフォークを向けてぶっすりと刺し込んだ。 その間にも、ヴァニラはすでにイチゴを口に運んでいたようで、 気が付いたら見悶えている彼女の姿があった。 「ん〜! 美味しいっ」 コンデンスミルクが口に合ったようでよかったと、胸を撫で下ろす。 綺麗にコーティングされたイチゴをフォークに刺し、ホープも口に運ぶ。 「僕もいただきます」 口に広がる果実の甘酸っぱい香りと優しい甘みが絶妙だ。 この組み合わせを考えた人は本当にすごいなと感心しながら、 二人して次々とイチゴを口に運んでいった。 と、その時。 匂いにつられてやってくるとは予感していたけれど、 まさかこのタイミングで本当にやってくるとは。 「二人しておやつタイムかぁ〜?」 満面の笑みで登場したヒーローは、 ホープとヴァニラの頭に片手ずつ乗せてぐりぐりと軽く撫でる。 「スノウ、痛いってば」 「髪乱れちゃうよ」 「あ…ああ、すまん」 美味しいおやつの時間に突撃してきたスノウに同時に攻撃する。 さすがに邪魔してしまったかと彼はさっと手を下ろして苦笑した。 「何食ってたんだ?」 「ホープの大好物、コンデンスミルクをかけたイチゴだよ」 「コンデンスミルク…?」 繰り返して呟く。 まさかホープの大好物がイチゴ――そしてコンデンスミルクだったとは思わなかった。 視線を向けると、指先についたミルクをぺろりと舐め取るホープにどきりとする。 唇の端に白いミルクが付着しているのも、正直ものすごく気になる。 「…あ…」 どうも変な方向に考えてしまって、スノウは思わず頭を振った。 ホープは普通に甘いミルクを舐めているだけだ。 そんなやましいことなんて――。 けれど、赤い舌をのぞかせて美味しそうに指を舐める彼についついごくりと喉が鳴ってしまう。 「…な、何考えてんだ、俺…!」 これ以上意識してしまうとそれこそ大変な事になる。 ぶんぶんと頭を振ると、ホープがそっとイチゴを差し出してきた。 「スノウもどう?」 「あ、ああ。せっかくだしもらうぜ」 冷や汗を拭いながら差し出されたフォークに手を伸ばす。 これを食べたらとっとと退散しよう。 それが自分の為でもあり、ホープの為でもある。 決意を固めるかのごとく、受け取ったイチゴをじっと見つめていると、 指先を何かが這うような感触が伝わった。 「スノウ、垂れてる!」 「っ!? うわっ、ととと…!」 慌ててイチゴを口に放り込んだはいいものの、 コンデンスミルクが垂れ落ちて指先に線を描いていた。 「ああ〜、もう。早く食べないから」 「わ、悪い」 何が悪いのかわからないけれど、とにかく申し訳ない気持ちになって胸がむずむずした。 しかし、イチゴは意外にも美味しかったなと思っていると、 ホープの細い指先がスノウの手を取り、上目遣いで問いかける。 「舐めないの?」 「へ?」 「ミルク、勿体ないよ」 「いや、俺は別に…」 「じゃあ舐めていい?」 「な、舐め…?」 どう反応したらいいかわからず、返事もままならなかったが、 そんな事を気にせずホープは握ったままのスノウの指にそっと舌を伸ばした。 「ホホホホホープ!?」 ちゅるっと音を立ててミルクを吸う。 爪や関節も丁寧に舐めてゆく姿はスノウの興奮を煽るにすぎなかった。 不意打ちの姿にこれほどまで打ちのめされるとは、と自嘲している間にも、 ホープは指の付け根まで伝っていたミルクを跡形もなく舐め取ってしまい、満足そうに微笑んだ。 我慢しようと思っても下半身は無意識のうちに反応してしまう。 「お前…俺を煽らせた罪は重いぜ?」 「え? 何の事―――っ!」 指を握っていた小さな手を引いて、スノウはがつがつと歩きだした。 「ちょっ、スノウ! いきなりどうしたの」 山盛りのイチゴを直に1粒取ってぱくりと口に放り込む。 「ヴァニラ、ちょっくらこいつ借りてくぜ」 「は〜い。行ってらっしゃい〜♪」 ホープは一体何をされるかわからずじまいのまま、 腕を引かれて彼について行くので精一杯だった。 ヴァニラはひらひらと手を振りながら二人の背を見送った。 残りのイチゴの山は一人で食べるには厳しそうだ。 それに、彼らがすぐ戻ってくるとは思えない。 静かになった部屋はちょっぴり寂しいなと感じながら、 ヴァニラは甘酸っぱいイチゴをゆっくりと噛み締めて味わった。 後篇へ続く TOPへ 戻る