「こっちは準備完了だぜ」 ぱんぱんっと手をはたくと土埃が宙を軽く舞った。 手荷物と呼ぶほどの荷物もあまりない旅の朝は今日も爽やかだ。 手のひらを見つめ、呼吸を感じて生きている事を実感する。 けれど現実は残酷だ。 その残酷さを嫌というほど突き付けられたうえ、 どこまでいけばゴールかなんてまるっきりわからない状況だったが、 今はひたすら前に進むことしかできない。 スノウはぐっと手を握り締めて深呼吸をした。 ――今日もまた、長い旅の一日が始まる。 ある程度野営の片付けも終了し、ほっと一息つく。 そびえ立つ崖の向こうに見える広がった平原。 歩き始めたら振り返る事のないこの景色を目に焼き付ける。 だが、幾程も経たないうちに伸びる影も鮮明になり始めて来た。 そろそろ重い腰を上げようとしたころ、ファングが口角を上げながらぽそりと呟く。 「…なんか足りねぇな。ちっこい子犬が」 そういえば、とスノウは辺りを見渡した。 彼の姿が見えないのだ。 「どこいっちまったんだ?」 「そういえば、今日は見てないよ〜?」 「俺もだ」 「誰か知らないか」 次々と未確認情報が飛び交う。 終いにはヒナチョコボまで首を振り始めた――ように見える。 確かにあれからホープの姿を見ていない。 昨夜、一緒に寝るかと誘ってやったのだが、 ひとりで考えたい事があると言われて誘いを断られた。 少しだけショックを受けた記憶がまだ鮮明に残っている。 「もしかしてまだ寝てるのかもね、ふふっ」 ヴァニラが手をひらひらさせながら言うと、 ライトニングが腕を組みながら考え込む。 「…可能性はあるな」 「そういや、昨日は二人で固まっていたはずじゃなかったのか?」 サッズの問いかけにスノウは視線をちらりと外す。 「ああ…でも、ちょっとひとりになりたいって言うから 昨日は別々だったんだよ」 ひとりで考えたいと言われたら、ひとりにしてやるのが普通だろうに。 けれど、今この時点でもしもの事が起きていたら。 そんな予感がしたのか、ライトニングがスノウに迫る。 「どうして一緒に連れてこなかった」 「んなこと言ったって… 気持ちよさそうに寝てるから、起こすに起こせねぇだろ? 出発までまだ時間あったし、そのうち来るだろうって――」 あのホープの寝顔を見たら無理に起こせない。 お前は親馬鹿かと言われても反論できないだろう。 「寝込みを襲われたら、ただでは済まないな」 スノウから距離を置き、ライトニングは呆れた溜息をついた。 風の流れが変わって雲が動いた。 ざわざわと木々が木霊する。 「皆はここで待っててくれ。迎えに行ってくる」 眉を顰めた彼女の表情の窺うことなく、 スノウは駆け足でホープの許へ向かった。 昨夜自分が寝ていた場所。 すぐ傍には巨大な岩が転がり落ち、それを隔てて眠りについた。 朝起きて確認して以来、動いていなければまだそこにいるはずだ。 ゆらゆらと天を泳ぐ雲の影を踏みしめるように大地を蹴る。 万が一の事はないはずだろうが――あり得なくもない。 ずっと一緒に長い旅をして来てホープは強くなった。 と言っても、まだまだ幼い子供に違いはない。 凶暴な魔物に寝込みを襲われたら、彼一人の力ではどうする事も出来ないかもしれない。 とにかく無事でいてくれとスノウはぐっと拳を握った。 「ホープ!」 息を切らしながら岩の向こう側を除く。 丸くなった小さな身体がそこに横たわっていた。 「おい、ホープ。大丈夫か?」 声をかけても返事がない。 慌てて駆け寄り、顔を覗き込むと穏やかな表情で眠っている。 「…何だ、まだ寝てたのかよ」 ふぅ、と溜息をつくと一気に安堵が増す。 とりあえず万が一の事が起きていなくてよかったと、スノウは額の汗を拭った。 風は穏やかなものに戻っていた。 さらさらと髪を撫でる風が心地よい。 ちらりと視線を移すと、気持ちよさそうに眠る顔がふわふわと揺れる髪の間から見えた。 それにしてもホープは赤ん坊のようによく眠っている。 やはりこれまでの疲れが溜まっていたのだろう。 どこまで歩けばいいかわからないあてのない旅に、身も心も疲れ切るのも当然だ。 けれど、仲間たちの中で一番年下とはいえホープはしっかりしている。 文句も言わず、ずっと一緒に歩いてきてくれた。 弱みも見せないで、辛い旅の間にも希望と笑顔を絶やさずにこれまで頑張ってきた。 本当に、強い子なのだ。 彼は家族や仲間の温かさを知っているから――。 だから自分と同じように頑張る事が出来るのだろうか。 柔らかい髪を撫でてみる。 そっと掻き分けると幸せそうな寝顔が浮かぶ。 やっぱり子供なんだなと実感すると、目が細まるのがわかった。 「っと、いけね。皆を待たせてるんだったな」 このままホープの寝顔を見ていたいが、そういう訳にもいかない。 さて、困ったものだと思いながらスノウはとりあえずホープの身の回りを片付け始めた。 腰を下ろしながらライトニングは武器の手入れをしていた。 一体、いつまで待たせる気だ。 言葉にしなくともそう伝わってきそうな彼女を纏うオーラはぴりぴりとしていて、 仲間たちの中にこれという会話はなかった。 痺れを切らすのも限界だと言う頃合いに、 草を踏みしめる音が聞こえて皆の視線が一気に向く。 「悪い。待たせたな」 片手を上げながらスノウが皆に声をかける。 「スノウ。ホープは――」 「しっ」 駆け寄ったライトニングに人差し指をかざして声を止める。 何のつもりだと一瞬眉を顰めた彼女だが、 その理由がすぐにわかってほっと溜息をついた。 「まだお休み中だ」 視線を向けると、スノウの背中にホープが眠っていた。 確かにこの寝顔を目の前にしてしまうと起こすに起こせなくなってしまう。 「…最近は戦い通しだったしな。お前の背中でよかったら眠らせてやれ」 「ああ、そうするよ」 緊張感がふっと抜けた仲間たちの間に安堵の笑みが浮かぶ。 ライトニングは武器を戻して荷物を手にする。 「さあ、今度こそ出発だ」 歩き出すと、ファングがにやにやしながらホープの顔を覗き込んだ。 「にしても、そんなに寝心地良いんかね? 気持ちよさそうな顔しちまってさ」 「俺の背中は最高の寝床だぜ?」 「じゃあ、今度は私もそこで寝させてもらお〜っと」 反対側におてんば娘がやってくる。 「おいおいヴァニラ、本気かよ」 「だってこんなに気持ち良い顔で寝られたら最高じゃない?」 「だよな。ホープが起きたらいつでもおぶってやるよ」 他愛ない会話が飛び交う。 長い旅の途中で、未来はわからないけれど仲間たちと笑っていられる。 それはそれでいいもんだと、スノウはひしひしと感じていた。 「ホント、お前の目が覚めたころには、 俺らの希望も見つかってるといいんだけどな」 夢の中でも、どうか心から笑っていられるように。 背中の優しい寝顔にそっと祈りを捧げた。 ――――――――――――――――――― 「旅の途中」のスノウside。 …のつもりが結構違う話になった気が。 ホープを起こしに行くスノウってことで…。 本当はスノウにちゅーさせてホープを目覚めさせたかったんですが(笑) でもあえて起こさないで背負ってくるのもスノウらしくて、妄想しながらニヤニヤしてました。 スノウの背中はとても気持ちよさそうだなぁと思います。 TOPへ 戻る