静かな波の音が風に乗って聞こえてくる。 瞼を閉じて優しい音に浸りながら、ホープはトロピカルジュースを口にした。 休日を利用して、家族で旅行に来ていた。 家族といっても、父さんは仕事が忙しくて来られないから、母さんと二人きりなのだけれど。 以前から訪れてみたかったボーダム。 そこで見かけたカフェの名前が母さんと同じ『ノラ』だったのには驚いた。 運命を感じちゃった、と妙に舞い上がった母さんが迷いもなく店内に入ったのは先ほどの事だ。 確かに母さんの直感はすごかった。 店のスタッフのお姉さんと意気投合してしまい、母さんの口が止まらず、むしろ盛り上がる一方なのだ。 もともとお喋りな母さんだけれど、ここまで口が止まらないのも久々に見た。 カウンター席に座りながら未だに世間話をしている横で、僕はジュースをまた一口流し込む。 夕方が近く、段々と店内が賑わい始める。 カフェというより大人のバーの雰囲気に変わりつつあって、少し居たたまれなくなった。 実際、こんな雰囲気のお店はパルムポルムでも滅多に入らないし、入ろうとも思わない。 周りの視線が気になり始めて、胸がきゅうっと締めつけられるような気分になる。 深い溜息をこぼして早く帰りたい雰囲気を醸し出すと、母さんがワッフルを注文してくれた。 求めているのはそこじゃないと思う一方で、母さんのお気に入り具合がひしひしと伝わる。 透明なお皿に盛りつけられたワッフル。 生クリームとバニラアイスとバナナが乗っていて、チョコレートがたっぷりかけられていた。 フォークを刺すと甘い香りとふわふわとした感覚が伝わってくる。 さくさくした生地をアイスに絡ませて口に放り込むと、 温かいワッフルとバニラアイスの冷たさが蕩けて不思議な感じがした。 もう一度味わってみたくて次々と口にすると、カウンターの向こう側から綺麗な男の人が覗き込んでくる。 でも、カクテルを作っていたり、食器を弄っていたり、特に気にかける事はなかった。 しかし一向に僕の前から動かないのだ。 ちらっと見上げて様子を窺うと、その人と目が合ってしまう。 「っ…」 思わず視線を背けて、無言のままワッフルを口にする。 やはり、まだミドルスクールに通うような子供がこんな店に居るのが不思議なのだろうか。 体つきも大人びている訳じゃないし、何でこんな所に居るんだとからかおうとしているのか。 いやでも、僕たちは一応お客さんなのだし、堂々と胸を張っていればいいはずだ。 でも、やっぱり居たたまれないのは正直な気持ちだった。 アイスが全体的に溶け始める頃になっても、目の前の人は動かなかった。 男の人はただひたすら僕の前に立っている。 フォークを皿に置いてまたちらりと視線を向けると、今度はバッチリその顔が僕の瞳に映った。 ボリュームのある青い髪に、すらっとした顔。 イエローサファイアのような、優しい目の色をした人だった。 一瞬見とれてしまうほど整った顔に息を呑んでしまったけれど、慌てて首を振って本題を問いかけた。 「あの…僕に何か?」 先ほどからずっと僕を見ているのは気のせいではないだろう。 言いたい事があれば言ってくれればいいのに。 唇を緩く噛んで見上げると、彼はカウンターを乗り越えて顔をぐっと近づけた。 「クリーム、口に付いてるよ」 くすりと笑う口元をとんとんと指で叩く仕草に、思わず手の甲でごしごしと自分の口を拭う。 恥ずかしさで胸がいっぱいになるのに、不思議と嫌な感じはしなかった。 「お店の人なんですか?」 「うん、そうだよ」 問いかけると、嬉しそうに返事する。 その笑顔があまりにも眩しくて心臓がドキドキしてしまう。 きらきらしているオーラが伝わってきて、何を話したらいいかわからなくなる。 しどろもどろになりながらフォークを手に取って、残りのワッフルを放り込む。 そんな僕の様子を見て再びくすりと笑い声が降ってきた。 「ワッフル美味しい?」 「はい。美味しい…です」 「ホントに? これ、俺が作ったんだ」 青い髪をふわふわと揺らしながら、目を細めた。 初対面のはずなのに、するすると心の中に溶け込んでいく声。 何かに捉われてしまったかのように、今度は目が離せなくなってしまう。 フォークを置くと、彼はテーブルの上にすっとグラスを差し出した。 グラスの中には薄く緑色に染まった液体が注がれていた。 炭酸なのだろうか、しゅわしゅわと小さな泡が泳いでいる。 「あの、僕…頼んでないんですけど…」 困惑した表情で見上げても、青い髪の人は表情を変えない。 「これは俺からの気持ち」 「え…?」 と言われても、イマイチどう反応したらいいかわからず、 差し出された飲み物と青い髪の彼を交互に見てしまう。 「大丈夫、大丈夫。それ、ノンアルコールだから」 聴きたいのはそこではなくて、どうして僕なんかに作ってくれたかということだ。 でも、口を開こうとしてもその笑顔に全て掻き消されてしまう。 遠慮しないで、との一言に思わず差し出されたジュースを口にしてしまった。 炭酸の爽やかさの後に、メロンのような甘い香りがふっと鼻を抜けていく。 飲み物を喉に流し込んで少し落ち着きを取り戻し、ホープは薄く唇を開いた。 「…仕事中じゃないんですか?」 「今は休憩中なんだ」 ガラスのコップをきゅっきゅっと布巾で拭きながら答えてくれる。 空になったワッフルのお皿を取ろうと手を伸ばした瞬間、顔が近づいて囁かれた。 「ねぇ。君の名前、教えて欲しいんだけど」 心臓が跳ね上がるような衝撃に思わず身を引く。 「な、何でそんなこと聞くんですか…?」 「だって、君のことキミってしか呼べないでしょ」 瞳の色が変わっている。 僕の心の中をぐちゃぐちゃに掻き回すように、入り込んでくる。 頬が熱くなるのが自分でもわかった。 「…困らせちゃった? ふふ、可愛いね」 まだ背も小さいし、顔つきも男らしいとは言えない。 だからこそ、時たま僕のことを女の子と勘違いする人がいるけど、この人もそうなのかもしれない。 このまま勘違いされるわけにはいかないと慌てて弁明する。 「…あのっ…僕、男ですけど」 「知ってるよ」 「え…?」 この人は男だと知っていてこんなことを聴いている。 でも、名前を聞くぐらい普通じゃないか。 どうしてこんなに躊躇う必要があるのだろう。 どうして、この人の名前も知りたいと思ってしまうんだろう。 口を開閉しながら返事に戸惑っていると、横から久方ぶりに声が飛んでくる。 「ホープ、そろそろ帰りましょう」 長話が終わったのか、何とも絶妙なタイミングで促される。 彼に返事をするよりこの場を受け流してしまった方がいいのかもしれない。 身体は熱いままだったけれど、急いで身支度をして席を立つ。 「すみません。僕、そろそろ帰ります。ジュース、美味しかったです」 「あ、待って待って」 椅子をカウンターに押し込むと、思っていたよりがっしりした腕が僕の手を掴んだ。 手のひらの上に、半分に折りたたまれた白い紙を乗せられる。 「よかったら連絡して、ホープくん」 「こ、困ります…っ」 母さんが呼んだ名前を聴き逃さなかったのか、 ユージュは楽しげに笑いながら何度も名前を連呼する。 さすがに困り果てた表情に気付いたのか、ホープからするりと手が離れていった。 「待ってるから。それじゃ!」 そういうと彼は店の奥へと姿を消してしまった。 握らされた紙をこっそり覗いてみると、番号とアドレスが書かれている。 完全に―――ナンパだ。 今すぐゴミ箱に捨ててしまった方が良いのだろうか。 でも、何故か、ゴミ箱に放り投げることが出来ずにホープは鞄の中に押し込んだ。 「数日後、ユージュが諦めかけていたそのとき。 ホープからまさかの連絡が…」 鼻歌を歌いながらユージュは採れたての野菜をキッチンで洗っていた。 「あら、ユージュ。何楽しそうにしてるの? また一人で妄想ごっこ?」 「ち、違うって!」 背後からひょっこり現れたのはレブロだ。 畑から持ってきた野菜をザルの中に転がしていく。 「まぁ、あんたはロマンチストだから夢見るのも分かるけどさ、 そろそろ現実と向き合うってことも頑張りなさいよ」 「うっ…」 ドラマのようなロマンチックな出会いを想像して早何年だろう。 水の冷たさを感じてユージュはようやく現実に引き戻された様な気がした。 「ほらほら、今日もカフェで運命の一目惚れ、するんでしょ?」 「そんなことが本当にあったらいいんすけどね」 妄想の中で出てきた綺麗な少年が、本当に遊びに来てくれたらいいのに。 でも現実はそんなに甘くなくて、酔っ払いの世話だとか、喧嘩の仲介だとか、そんなことばかりだ。 そういう関係に至る恋人は持ってみたいと思うけど、このお店では大半がカップルだったり、 何股もしている人だったり、夢も希望も打ち砕かれてしまっている。 遊びで恋愛がしたいんじゃない。本気で恋愛がしてみたい。 だからこそ運命の出会いをユージュは思い続けているのだ。 でも、そんな出会いを待っているだけ無駄なのかもしれない。 ユージュが溜息を突くと、レブロが腕で脇腹を突いてくる。 「信じてなきゃ、何も始まらないわよ」 「…ですね」 いつか、このカウンターに運命の人が座ってくれる事を祈りながら、 今日もまたノラカフェは開店するのだった。 end ―――――――――――――――――――――――――――― ちゅっちゅしてないんですが、 とりあえず二人の出会いというかきっかけを書けて満足です。 あくまでユージュの妄想内の出来事なんですが(笑) ユージュは妄想癖がすごそうだという妄想。 妄想の中の彼は3割増しぐらいカッコ良くなってます。 実際にこの妄想が起きてしまう神展開を望みつつ、 今日もユーホプゴリゴリ。 TOPへ 戻る