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act.2 ――――――――――――――――――――――――― 帰宅早々、冷蔵庫の中を覗いてみる。 じゃがいも、にんじん、たまねぎ――考える間もなくメニューはすぐに決まった。 普段の生活ではせいぜい二人分くらいしか作らない夕食。 けれど、今日は多めに材料を鍋に放り込んだ。 ぐつぐつ煮込んだ鍋を掻き混ぜると、 独特のスパイシーな香りが漂い始め、完成が近付くのがわかる。 が、ホープは小さく溜息を零してちらりと視線を背後に向けた。 「…あのさ」 「ん?」 「我慢できないのはわかるけど、あっちで待ってて」 先ほどからずっとカモの親子のように、スノウにぴたりとくっつかれていたのだ。 料理する様を見られては変に意識してしまう。 でも見張られているようではなくて、ご飯を待ちきれない子供が覗いているような感じだ。 けれどホープもあまり人の事は言えない。 自分も昔から料理中の母の姿をじっと追いかけていたのだ。 だから少しむずがゆいこんな気持ちを母さんも感じていたのかなと考えてしまう。 もうすぐ出来るから、と告げるとスノウはしぶしぶとリビングに戻っていった。 大きな身体して子供のようだ。 ホープは気付かれないようにくすくすと笑みを零した。 煮込んでいる間、こちらも同じく冷蔵庫の中に入り込んでいた野菜で有り合わせのサラダを作る。 鍋の中もそろそろいい感じになってきたようだ。 火を止めてから、ホープは白いご飯を皿に盛り、その上に出来たてのカレーをかけた。 「お待たせ」 「おおっ! 美味そう!」 カレーとサラダをテーブルに並べるとスノウは駆け足で椅子に座った。 ほかほかとした湯気と香りが胃を活性化させる。 「食ってもいいか?」 「うん」 「んじゃ、いっただきま~す!」 熱いから気を付けて、という前にスノウは最初の一口をかきこんだ。 出来たてなど関係ないかのように次々と口に運ぶ。 もちろん、サラダ休憩も忘れずに。 ホープもようやく自分の分を並べ終え、席に着いて食事を始めようとする。 「おかわりっ!」 「えっ!?」 最初の一口は彼に制止されてしまう。 飲み物を流し込むようにあまりにも勢い良く食べた上、 空になった皿を差し出されたものだからホープは呆気取られてしまう。 食事する時はよく噛んで食べなさいと言われたことはないのだろうか。 「まだいっぱいあるからゆっくり食べた方が良いよ」 「わかってるけどさ、このカレーめちゃめちゃ美味いんだよ。仕方ないだろ」 差し出された皿を受け取ってキッチンに向かう。 自分はまだ一口だって食べられていないのにと溜息を零す一方、 余程お腹が空いていたんだなと口元が緩んでしまう。 あんなに手料理を美味しそうに食べてくれる人も久しぶりで、 心の隅に追いやられていた温もりがほわりと戻って来るような気がした。 「ふぃ~、腹いっぱいだぜ! ホープ、ご馳走さん」 デザートのオレンジも綺麗に平らげてしまう。 すっかり膨れきったお腹をさすりながら、スノウは満足げに微笑んだ。 まさか鍋が空っぽになるまで食べるなんて思わなかったと、ホープは苦笑する。 けれど、何度おかわりしても美味しいと連呼しながら食べてくれた事は本当に嬉しかった。 後片付けをしようと皿を重ね、キッチンまで運ぶ。 「そういやお前、親父さんは?」 僅かにホープの瞳が曇った。 しかし表情はさほど変えずにさらりと答える。 「まだ仕事してるんじゃないの」 「そんな他人事みたいに言うなよ」 流しの水と彼の乾いた笑い声が響く。 スノウはコップの水を一気に飲み込んで溜息をついた。 「そっか…忙しいんだな」 「…知らないよ、そんなこと」 明らかに母親の話題の時と反応が違う。 それはホープ自身もわかっていることだ。 皿を水に浸け終え、温かい紅茶を淹れたマグカップを片手に戻ってくる。 先ほどの賑やかな夕食とは打って変わり、無音に包まれるリビング。 あまり触れてはならないような禁断の雰囲気が漂う。 滞り始めた空気を打開しようと、スノウは意を決したように口を開いた。 「お前さ…親父さんの事――」 「好きじゃないよ」 マグカップを両手で包み込んで俯く。 声に鋭さがこもっている。 「自分のことしか考えてない父さんなんて、嫌いだよ」 「ホープ…」 どうしてこんなことを初対面のスノウに言ったのか、わからない。 スノウは真剣に耳を傾けてくれそうな気がしたのかもしれない。 母さんの頼みを聞いてきたというからには、少なくとも味方になってくれそうだから。 ただそれだけの理由でホープは心境を吐露する。 「父さんは仕事が好きな人間なんだ。毎日遅くまで仕事、仕事って言ってる」 会社の偉い人か何だかよく知らないが、ほとんど会社で過ごしている父。 本当はそっちが本物の家なのではないかと疑いそうになるくらいだ。 仕事を優先するため、昔から学校の行事だって来てくれた事は一度もない。 スポーツフェスティバルだって、発表会だって、授業参観だって、 いつだって母さん一人の姿しか見つけることが出来なかった。 友達にも言えない事だったし、ましてや本人に愚痴を言えるわけでもない。 母さんがいなくなってからどこにも吐き出せない苛立ちが募るばかりだった。 だから、スノウに愚痴を零してしまう。 「母さんがいなくなってから僕がご飯を作ってるけど、一緒に食べることなんて滅多にないよ。 ここのところほとんど顔も見てないし…」 俯いたままホープは言葉を紡いでゆく。 目の前の彼は黙ったまま話を聞き続けていた。 「母さんが事故に遭ったときだって…父さんは仕事を優先したんだ」 マグカップを握る手に力がこめられる。 声が震えていたのが自分でもわかった。 next  戻る